1989年12月29日、日経平均株価は3万8915円87銭をつけました。
現在の株価が高値を更新するたび、あの頃との比較が行われます。しかし、同じように株価が高く見えても、市場の内側は大きく変わっています。
誰が株式を持っているのか。企業は利益のうち、どれだけを配当として支払っているのか。その現金は、国内と海外のどこへ向かうのか。
こうした違いを見なければ、現在の株高が、なぜ1989年とは異なる生活実感を伴うのかを理解できません。
比較すべきなのは、株価の高さだけではない。企業利益を受け取る位置に、誰がいるのかである。
1989年と現在では、株主の顔ぶれが違う
日経平均の最高値は1989年12月末ですが、株式分布状況調査は年度末を基準にしています。そこで、以下ではバブルの頂点に最も近い「1989年度末」と、最新の「2025年度末」を比較します。
東京証券取引所の資料と、日本取引所グループの2025年度株式分布状況調査による市場価格ベースの保有比率は、次のように変化しました。
| 保有主体 | 1989年度末 | 2025年度末 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 金融機関 | 約43.5% | 27.3% | −16.2ポイント |
| 事業法人等 | 29.5% | 17.7% | −11.8ポイント |
| 個人・その他 | 20.5% | 17.4% | −3.1ポイント |
| 外国法人等 | 4.2% | 34.7% | +30.5ポイント |
| 証券会社・政府等 | 約2.3% | 約2.9% | 約+0.6ポイント |
最も大きな変化は、個人株主の減少ではありません。
1989年度末には、金融機関と事業法人が合わせて約73%を保有していました。現在は約45%です。国内の銀行、保険会社、取引先企業による保有が縮小する一方、外国法人等の比率が4.2%から34.7%へ上昇しました。
したがって、この変化は「日本人が株を手放し、外国人だけが買った」とまとめるよりも、次のように捉える方が正確です。
銀行や保険会社、持ち合い企業が支えていた市場から、海外投資家、投資信託、年金などの機関投資家が強い影響力を持つ市場へ変わった。
かつての株主は、配当だけを目的にしていなかった
バブル期の日本企業には、取引関係や企業集団の維持を目的として互いの株式を持つ「持ち合い」が広く存在しました。
銀行は融資先企業の株を持ち、企業も取引銀行や系列企業の株を持つ。株主であると同時に、融資先、取引先、系列の一員でもあるため、関係は株価や配当だけでは決まりませんでした。
こうした安定株主は、敵対的買収を防ぎ、経営者が長期的な設備投資や雇用維持を行う余地を与える面がありました。一方で、収益性が低くても経営への規律が働きにくく、資本が非効率な事業に残りやすいという問題もありました。
バブル崩壊後、銀行の財務悪化、金融規制、政策保有株式の縮減、企業統治改革などによって持ち合いは解消されていきます。その株式の受け皿の一つになったのが、海外の機関投資家でした。
ここで重要なのは、「外国人に株を渡すこと」だけを目的とした改革だったと断定しないことです。持ち合い解消には、銀行や企業のリスク削減、資本効率の改善、市場流動性の向上など、複数の目的がありました。
しかし、結果として株主の構成が変わり、経営者に対して発言できる主体が変わったことも事実です。
配当は「ほとんどなかった」のではない
1989年末の東証一部の時価総額は約590.9兆円でした。日本取引所グループの資料にも、この規模が記録されています。
当時の配当利回りはおおむね0.5%前後とされます。これを時価総額に掛けると、年間配当は約3兆円規模だったという参考計算になります。
ただし、ここには注意が必要です。
配当利回りは「1株当たり配当÷株価」です。バブル期には株価という分母が極端に大きくなっていたため、企業が配当を支払っていても利回りは低く見えました。
したがって、「当時は配当がほとんど払われていなかった」とまでは言えません。より正確には、次のようになります。
バブル期にも配当は支払われていた。しかし、株価に対して配当額が小さく、株主の期待は主として値上がり益に向いていた。
1989年の約3兆円は、東証一部の時価総額と配当利回りから逆算した概算です。現在の全上場企業の集計とは対象が完全に一致しないため、厳密な倍率比較ではなく、規模感を確認する参考値として扱います。
現在は、年間26兆円を超える現金が株主へ支払われる
野村證券の集計によれば、2025年度の全上場企業の配当総額は26.2兆円で、前年度より13.2%増加しました。配当性向は38.2%です。
配当総額が増えた理由を、外国人株主の増加だけで説明することはできません。
- 企業利益そのものが増えた
- 持ち合い解消によって市場株主の影響力が強まった
- 2015年からコーポレートガバナンス・コードが適用された
- 2023年に東証が資本コストや株価を意識した経営を要請した
- 成熟企業に現金が蓄積し、投資に使わない資金の説明が求められるようになった
- 増配や自社株買いを評価する市場慣行が定着した
これらが重なり、企業利益の使い道として株主還元の比重が高まりました。コーポレートガバナンス・コードと2023年の東証要請は、その制度的な背景です。
配当26.2兆円は、誰に帰属するのか
実際の配当額は、各主体がどの銘柄を持つかによって変わります。高配当株を多く持つ主体と、無配の成長株を多く持つ主体では、同じ保有額でも受取配当が違うからです。
それでも、全体像を見るために、配当総額を株式保有比率どおりに配分してみます。
| 保有主体 | 保有比率 | 26.2兆円の比例配分 |
|---|---|---|
| 外国法人等 | 34.7% | 約9.1兆円 |
| 金融機関 | 27.3% | 約7.2兆円 |
| 事業法人等 | 17.7% | 約4.6兆円 |
| 個人・その他 | 17.4% | 約4.6兆円 |
| 証券会社・政府等 | 約2.9% | 約0.8兆円 |
大きく国内と海外に分けると、海外主体が約9.1兆円、国内主体が約17.1兆円です。
この数字から、「配当の大半が海外へ流出している」とは言えません。約3分の2は国内主体に帰属する計算だからです。
一方で、外国法人等は単独で最大の保有主体です。比例配分した約9.1兆円は、国内の個人・その他に帰属する約4.6兆円のほぼ2倍です。
1989年に外国法人等が受け取る位置にあったのは、配当全体の約4%でした。現在は約35%です。配当原資の拡大と、受取主体の交代が同時に進んだことになります。
国内に残る17兆円は、国民へ均等に届くわけではない
国内主体に帰属する約17.1兆円を、そのまま「日本国民の利益」と捉えることもできません。
個人・その他が直接保有する比率は17.4%です。一方、金融機関の27.3%には、信託銀行名義の21.8%が含まれます。日本証券業協会の整理によれば、そのうち投資信託は11.3%、年金信託は0.6%です。
投資信託の分配金や基準価額、企業年金の積立状況、生命保険会社の運用などを通じて、金融機関名義の利益の一部は家計へ間接的に帰属します。そのため、国民が受ける実質的な恩恵は、直接保有の17.4%より大きいと考えられます。
しかし、それを正確に何%と計算することはできません。投資信託には個人だけでなく法人資金も入り、年金の運用益は現在の加入者へ直ちに現金で配られるわけではないからです。
ここには二つの偏りがあります。
第一は、保有額の偏りです。株式や投資信託を多く持つ家計ほど、配当と値上がり益を多く受け取ります。
第二は、時間の偏りです。直接保有する株主には配当が現金で届きますが、年金を通じた利益は将来の給付を支える形で、間接的かつ時間をかけて届きます。
国内に残ることと、国民へ均等に届くことは同じではない。
外国人保有と配当には相関があるが、原因は一つではない
外国人持株比率が高い企業ほど、株主還元を重視する傾向は、複数の研究で示されています。
RIETIで紹介された久保克行氏の研究では、外国人持株比率が高く取締役会改革を行った企業ほど、業績悪化時に雇用を削減し、配当を維持する傾向が確認されました。
ただし、この研究は1996年から2009年の143社を対象としたものであり、現在の全上場企業にそのまま一般化できるわけではありません。
相関には、少なくとも二つの経路が混ざります。
- 外国人株主の監視や要求によって、企業が配当を増やす「圧力効果」
- もともと収益性と還元姿勢の良い企業を、外国人投資家が選んで買う「選択効果」
さらに、企業利益の増加、東証の制度改革、持ち合い解消、成長投資機会の減少など、両方に影響する第三の要因もあります。
したがって、「外国人が増えたから、配当が増えた」という一本の因果関係として断定するのは強すぎます。
より妥当なのは、次の説明です。
持ち合いの解消と外国人・機関投資家の増加によって、企業経営に対する株主の規律が強まった。それは企業利益の増加や制度改革とともに、配当と自社株買いを拡大させる一因になった。
「海外流出」と呼ぶだけでは見えなくなるもの
外国株主への配当を「海外への流出」と表現することは、現金の移動方向としては理解できます。しかし、それだけでは一面的です。
外国人投資家は株価下落や為替変動のリスクを負って資本を提供しています。日本の年金、投資信託、企業も外国企業の株式を保有し、海外から配当を受け取っています。
問うべきなのは、外国人が受け取ること自体の善悪ではありません。
- なぜ国内の安定株主が減ったのか
- 売却された株式をなぜ海外投資家が多く取得したのか
- 株主還元の拡大と成長投資、賃金は両立しているか
- 国内で生じた利益が、どの層へどの経路で届いているか
- 国内の個人や年金が、企業成長の果実を受け取れる仕組みになっているか
このように問い直す方が、現在の日本企業の構造を正確に捉えられます。
問題は国籍よりも、利益配分の設計にある
1989年と現在の違いは、株価の数字だけではありません。
1989年には、金融機関と事業法人が株式の約73%を持ち、配当以外の取引関係を含む安定株主として企業を支えていました。現在は、その比率が約45%へ下がり、外国法人等が34.7%を保有しています。
同時に、企業から株主へ支払われる配当は、推計約3兆円規模から26.2兆円へ大きく増えました。単純比例では、そのうち約9.1兆円が海外主体、約17.1兆円が国内主体に帰属します。
国内の個人、投資信託、年金にも恩恵はあります。しかし、その恩恵は国民全体へ同じ割合、同じ速度で届くわけではありません。
この構造を「外国人に奪われた」とだけ表現すれば、国内の受益を見落とします。反対に「国内に3分の2残る」とだけ表現すれば、国内での偏りを見落とします。
日本企業は、以前よりも株主へ利益を返すようになった。変わったのは配当額だけではない。その利益を受け取る株主の構成と、企業に対して何を求めるかという力関係である。
現在の株高を国民の豊かさへつなげるために必要なのは、株主還元を否定することでも、外国人投資家を一方的に批判することでもありません。
株主への還元、国内での成長投資、賃金、取引先への配分、年金や家計の資産形成を、どのような均衡で組み合わせるのか。
株価が高くなった今こそ、企業価値の増加そのものではなく、その価値が誰に、どの経路で、どの程度届いているのかを問う必要があります。
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